門番
門番
※死生観に関わる記事です。センシティブな内容のため、苦手な方は開かない方がよいと思います。
※※また、死の直前、故人にはさまざまな苦しみがある、ということを前提として書いています。それは肉体的な苦しみかもしれませんし、精神的なものかもしれません。仮に死を解放のひとつだとしても、そこにたどり着くまでは苦しいことには変わりないのではないでしょうか。
先の年末年始の休み、高校時代の旧友の訃報を聞いた。旧友といっても、高校を卒業してからほとんど会わなかった。一緒にいた期間からは7-8年ほど空いていて、恐ろしいことに本当に友人だったのかどうか忘れてしまう。高校時代同じ5人組のグループにいたし、趣味においては彼から受けた影響もあった。だけど自分は、迷惑をかける側の人間だったので、会っていない期間は負い目ばかり増えていたし、煙たがられていても仕方ないよなと思っていた。だから自分から絡みに行くこともなかった。
先の年末年始、久々に話さそうと当時のグループのうちひとりからオンライン通話のリクエストが届いた。どこか景気のいい話だと思いこんでいた。何か作業をしながら、ゆったり話そうとさえ考えていた。いざ通話のメンバーを見ると自分含め3人、全員よくつるんでいた人間だった。でも2人足りない。ホストが神妙な語り口で話し始めた時、嫌な予感が働いた。2人のうち1人はSNSの更新をよく見るがもう1人は全く動きが見られなかった。血圧が瞬時に上がったあと、訃報を聞いた。最悪な問題が投げかけられ、その答え合わせがものの数秒で完結した。もちろん受け止められるわけでもなく、その瞬間は、喪失感よりも報告してくれた奴に礼と労りを述べた記憶の方が強く残る。特にホストは故人との付き合いが途切れておらず、ついその前も会う約束をしていたばかりだったらしい。
死因は不明と聞かされた。不明のままであってほしい。同時に、新しい仕事に対しての不安やしんどさを漏らしていたことはあったらしい。こちらは答えこそでていないけど、とんでもない悪問をふっかけられた気分だ。
ところで、自分の親戚にも大切な人に「突然」旅立たれる例が理由はさまざまあれど少なくない。一方、SNSでは、突然の旅立ちは周りのサポートがなかったから、なんてトンチキなことを言うお方がいる。なんなら周りが故人を殺したも同然なんてさらにひとでなしなご意見もある(たとえば、パワハラを理由に自死を遂げた時、故人へ攻撃した者は糾弾されるべきだが、大なり小なり家族や友人からのサポートはあるはずだ。そこを無視した意見が多すぎる
)。イデオロギーに絡む死の場合はバチだとか逆に崇高な犠牲とする言説も散見される。事故死だったり自死だったり、周りに起きたことがない人間はなんでも好き勝手言える。
最近、「ゲートキーパー」になってみましょう、というポスターを見かける。身近な人の異変に気づいたら声をかけてあげましょう、というものだ。紛れもなくホストは故人に声をかけていた。定期的に会っていた。そうした働きかけは大切だが、「ゲートキーパー」という役割を与えるのはいかがなものだろうか。旅立ちの理由がどうであれ、荷が重すぎる。あの時会っていれば、もっと抱きしめていれば、不安なことを注意すれば、言いたいことを言い合っていれば。多分たくさんそうしてきた人にさえ、いや、そうしてきた人にこそ襲う感情なのだと思う。役割というよりかは言霊や呪文のような残酷さのほうが勝つと思う。
きっと無理に慰めようとしても、俺みたいな人間は後悔の言葉が先に出る。あの時ああすれば良かったな、なんて言ってしまったら。役割を無意識に与えられ、自信を「ゲートキーパー」と思う人間がいれば、彼らへの重大な攻撃だ。だから、訃報を伝えてくれた友人への感謝が先に出たのも、ある意味自分にとっては自然だったのかもしれない。時間が経つにつれて、少しずつ状況は把握してきたが、現実味はない。本当は飲みこまなきゃいけない。そもそもそのスタートラインにすら立てていなかった。俺がモジモジしている間にどんどん離れていってしまった。情けないという感情がいちばん近いかもしれない。ただ、夢には出てきた。元気そうだった、なんて言うと他人事がすぎるかもしれない。
長々と書いたが、もし、家族にも友人にも公開を知らせていないこんな記事を見ている方がいれば。残された側の人間への心配や助言・提言といったお節介は全然攻撃になりうることはどこか頭の片隅に残してほしい。「ゲートキーパー」なんて言葉は重荷であるかもしれない、と少しは頭に留めていてほしい。何より、もし残された人を思うのなら、「自分はここにいる」ということをさまざまな形で発信する方がいいかもしれない。旅立った人は戻ってこないという事実は変わらないのなら。
自分の中で言語化ができたので久しぶりに投稿してみました。そして、誰が見ているかはわかりませんが、残された人を責め立てるような意見への怒りの表現と、俺はここにいるという存在の証明をさせてください。
2024.8
末子
私は長兄です。妹がいます。いとこがいません。両親の実家双方からのたった2人の孫です。ですから、事実上末っ子なのかもしれません。
末っ子というとどんなイメージでしょうか?愛され上手だの親しみやすいだの考える人もいるでしょうけど、わがままマイペースみたいなイメージを持たれる気がします(これが共通認識だとしたらなかなか酷だと思いますが)。幼稚園〜小学校の頃、つまり通い先が地元の頃はお兄ちゃんぽいと言われましたが、大学だと長兄ぽさがないように見られていたみたいです。
今の会社でもそうみたいです。
ただ、末っ子ぽいと言われたのは初めてかもしれません。さて、上記の共通認識のもとでそう思われているのだとしたら?初々しくて親しみやすい新入社員である?それとも社員のくせにマイペースな奴?さて、その答えはいずれか。
何回か上長と面談をする時に、私に期待してくれている旨を伝えられます。回を重ねるごとに、「あんたはもっとやれるぞ!」というメッセージのオブラートが溶けてきている気がします。そして、先日こうも言われました。
「例年の新入社員より仕事覚えるの遅いって話があるんだけど」
「教える側が悪いですかね?」
「人が減るから危機感を持ってほしい」
良薬は口になんたらというが、これはエグみが強すぎました。やっぱり、末っ子のマイナスのイメージの方を保たれていた気がします。
私がマイペースぽく見えるのには、思い当たる節はありますよ。教わった作業それぞれの持つ意味や根拠を知らなければ気が済まないとか、荒削りなアプローチだから細かいことは何度も確認するとか。たとえば、私はカレーの存在を知らないのに毎日カレー作りに携なければならないとする。そうすると、まずカレーのなんたるかを知らなければならない。けれども、最初に覚える仕事は簡単なニンジンの皮むき。次は鍋に油を引く作業。次は米を研ぐ作業。カレーを知っていれば問題はないですが、カレーを知らなければ「皮なしニンジン」と「鍋にある油」と「濡れた米」しかわかりません。なぜなら覚える順番がバラバラで、繋がっていないから。私がやりたいのは、まずカレーの存在を教わり、それに近いものをとりあえず作ってみること。そこで、食べやすくするためにニンジンの皮を剥いたり、美味しいご飯を炊くために米を丁寧に研ぐ意味を知ること。その後に、ニンジンの皮は剥けきれているか、米はキレイに研げているか、などを味見してもらうこと。やっている意味がわからなければ、それは安いバイトに雇ってやらせればいい。名古屋市に提出するための、署名の書き写しみたいに。
OJTなんて言葉は響きがいいだけです。マニュアルがないことを誤魔化しているだけです。(おそらく)人事の人選によって渋々「トレーナー」になった方が私に仕事を邪魔されるのだから、気の毒です。そこで私が工夫してわかる範囲で構築しようとしているのに、「仕事を覚えるのが遅い」と言われるのはあまりに心外でした。面談時は萎縮や相槌で乗りきりましたが、帰宅中は苛立ちで鳥肌が立ったくらいです。周りがどう思っているかは知りませんが、私は割と真剣なんですけどね。
親会社から出向している同期がいます。1年で私の会社の業務を把握して、次年度から出世街道を進まんとする方々です。めちゃくちゃ口調は丁寧だし、仕事を覚えるのが早い気がします。あ、そうそう。なんとなく私よりしっかり基礎を教わっている気はするんですけど、隣の芝生が青いだけでしょうか。私の甘えのあらわれでしょうか。それとも、本当にこの方々にはより丁寧に教えているんでしょうか。
ガキの頃私が少し優秀だったゆえに、妹がそれに負い目を感じていた時期があったみたいです。今はそれぞれで別の分野を得意としているので、棲みわけができていて、お互いを尊敬できているような気がします。今にして、ようやく我ながらいいきょうだい関係だと思う一方、かつての妹へ申し訳なく思います。妹は大切な家族なので良い関係を続けたいですが、会社における親子や姉妹の関係は無理にその必要がないのかもしれません。
2021.05.15
位置
友人と飲みに行きました。いちばん仲良い奴、そこそこ仲良い奴、疎遠になりかけた奴と私の4人。2人で、3人で集まることはあっても、このメンバーでちゃんと対面で顔合わせたのは成人式以来でしょうか。なので近況を語りあうのがメインでした。
まもなく社会人になるので、お前は、あいつは、どこに就職したか、そういう話に当然なります。それを聞いて正直私は「ほえ〜」止まりなはずでした。このご時世に就職決まれば万々歳じゃん、あいつは優秀だったしすげえところ行くんだな、とか。あまり嫉妬とかはなかったはずなんですけど。ところが、お金が絡むとそうはいかない気がしてしまったのです。
たしかに就活の時に重視していたのは、業務内容はもちろん給与や待遇でした。某なんでも小売店でアルバイトしていたので、そこの社員の大変さを知っていたからです。いや、社会人なんてみんな大変なんだろうけどそこは桁違いのような気がして。なので、どれだけ大変であっても自分が興味ある業務だったらなんとか乗り越えられるんだろうな、という予防線は極力死守した。どうせ働くんだから少しでもモチベの上がることをしたい。そして、終身雇用なんてひと世代前の幻なのだから、何かしら身につけて転職できるような環境に身を置けたらいい、そうも考えていました。その上で選んだ内定先なので、不満はないです。これは確実です。
しかしというべきかだからというべきか、「すごい」内定先の基準がお金で語られるとどこか醒めてしまうのです。その内定先の名前だけ聞けば「ふーん」で終わるか、あいつやっぱり真面目だったんだな、とか、夢があるんだろうな、とか、その方向で話は広がるんですけどね。なのに収入や安定した生活、モテ度という点から語られた日にゃ俺の中のオスが黙っていねえぞ、と。
ジェンダー論は詳しくないですが、どうしてもオスがメスを守る構図が拭いきれない気がします。私は、某爺の発言には反発するし、原発には懐疑的だし、選択的夫婦別姓の議論は進めるべきだし、RATMは大好きだし、DHCやアパの広告を見るだけで笑ってしまうし、BLMを陰謀論だとする人とは距離を置きたくなるような自称リベラルなのに、です。レディを支えるのは安定した、もっと言えば「成功した」ジェントルマンがいいに決まってるんじゃないか。周りが軒並みガールフレンドをつくり、結婚を考えていたりする中でそういう焦りが出てくるし、彼らはそれを見越したうえで就活を終えている気がして。生物学(と言えるのか?) ・社会学の強制に苦しめられている気がして。私は残念ながら異性愛者なので(男の娘やシーメールモノのポルノも見るので性対象はこの限りではない)、こうした「通念」に囚われている限り自分を哀れに感じつづけることでしょう。ですから、私はよく周りに自嘲気味に「ヒモになる!」なんて言っていますけど、それは同時にオスがメスを守るという私の中で拭いきれない通念へのアンチテーゼを込めているような気がします。
結局、そんな恣意的な「位置」に囚われていることが時代遅れだし視野が狭いんじゃないのか。そう思ったら少し楽になりました。そういえば、高2の家庭科の授業でヒモになりたい的なことを言ったら、当時の先生から「ヒモになって愛されるのも才能なのよ」とイヤミもなく優しく返されました。私の発言にみっともない、とかやめなさい、とか言わなかったのです。当時は一本取られたと思っていましたが、今じゃ金言です。先生は私が卒業する前に退職してしまったので直接お礼もできないのが心残りです。
おいらは周りにせかされずゆっくり人生を楽しめるひとつ上の位置に行くよ、というのも恣意的な「位置」を決めてしまったゆえの愚かな行為かもしれません。なので、おいらは周りにせかされずに、みんなの幸せを願うよ、という仏のような心を持ちたいものです。
次回、仏道入門編でお会いしましょう。
2021.3.19
自粛
ナショナリズムがあるのなら、私はジェネレーショナリズムも存在すると思います。つまり、共同体的な意識と排外性が国単位で見られるのなら、それは世代単位・学年単位でも見られるのではないか、ということです。団塊の世代、団塊ジュニア、Z世代、などがよく言及されていますが、それぞれの思想やパワーバランス、経験を体系的に表す学問分野が出てきても面白いかもしれません。誰か確立してくれないかなぁ。
ジェネレーショナリズムの構成要素になりうるのは歴史や流行の経験、任意の時点での年齢でしょうか。そこから主義・思想や世代間のパワーバランスを導き出す感じでしょうかね。あくまで学問としてのアプローチであるので個人経験から主語を大きくすることはできませんし、世代について論じるので、個人の詳しい思想まで関与できない事は留意したいところです。
じゃあ私の世代はどうなるのでしょうか。ちょっとだけシミュレーションしてみます。 まずは歴史・流行の経験から見ていきましょう。現在生きている人間すべてが例の惨禍に見舞われていますが、それよりも前の記憶も決して忘れられるものではないと思います。つまり東日本大震災です。私の住む埼玉県であっても、その揺れは恐怖でした。訓練でしか行われなかった引き渡しがなされました。テレビでは黒い海と壊れた家と炎と煙と小さな車、泣き叫ぶ人々。そしてずっとニュースとAC。おっと、関東主観論になってしまった。
自粛ムードってここでも経験していたと思います。あまりにも死者数・行方不明者数が多かったことへの追悼の意ということでしょう。ざっと見たところ、ライブや演芸、花見、新幹線開通セレモニー、結婚式などがその範疇にあったようです。考えてみれば中学の入学式という節目もそうでした。入学「式」という名前にしていなかっただけで、校歌斉唱とか顔合わせとかはありましたけど。 で、去年と今年。こちらも節目です。学生生活が終わるタイミングです。「初詣」に記載したような「青写真」がゴミ箱にぶん投げられているのです。節目として今までの世代が当たり前に行えていた楽しみを奪われているのです。自粛どころかほぼ禁止項目になっているものさえあります。 つまり、節目の年に自粛ムードを余儀なく演出させられることは我々の世代に共通するものだと思います。
そんな我々は現在20代前半。自我が形成されており、社会に溶け込もうとする年代です。人並みに物事を考えようとする努力はしているでしょう。ここで、「自粛について考えてみよう!」というテーマが出されました。さて、どうする? 私は「多少はする」と答えます。飲み会や旅行をゼロにすることはしませんが、オンラインでやる、多くて4人できればソロで出かける、その上で自分でできる対策は怠らない、ということです。楽しみより不安が勝らないように、と考えた上での目安なわけです。なので、来月頭に4人で湘南へ素泊まりに行きます。一泊です。ひと様には、きっといろいろ思われるでしょう。ですが、今にとってのベストだと思います。何にもしないことによるモヤモヤが多少薄まるし、大勢ではないでしょう。しかし、これはあくまで私の考え方です。
先日、中高の同級生が石垣島へ8人くらいで4日間ほど旅行していました。別に彼らを貶めるつもりはありません。ありませんが、、、とても複雑です。自粛という圧力によってバネを跳ねさせたい気持ちはよくわかります。ある程度の我慢をしている人間の気にもなれと思います。その強要が悪い考えだとも思います。前線で疲弊する医者や公務員の努力が浮かばれない気がします。対策万全ならまあ大丈夫かとか思います。何より羨ましく思います。これが全てです。羨ましさを隠しつつ自粛警察に加担しているのが事実です。
結局、主義・思想を世代ごとに大まかに特徴づけることなんてぺーぺーの学部生の知識では不可能な気がしてきました。専攻も違うわけですし。同時にそれは第三者へ考えを強要する行為になりうる気がしてきました。ただ、今20代前半の世代、特に1998年生まれは節目に自粛ムードが蔓延っている、その事実を他の世代にも知っていただきたい次第です。先人の努力のおかげで幸い戦禍とはまだ縁遠い(と思いたい)です。が、茨木のり子の『わたしが一番きれいだったとき』に共感を覚えてしまいます。衣食住には困っていませんが、老後のために2000万円積み立てなければならないみたいです。あ、また話がそれた。 私の世代の様子さえ知っていただければ嬉しいです。どうしろとは言わないので。
2021.3.2